その占い師はいつも、マンハッタンのダウンタウンのイタリアンカフェにいた。このカフェの壁には、新人アーティストたちの絵がかけられており、半分ギャラリーのようになっていた。働いていたのは、可愛いイタリア人のお姉ちゃんと、マッチョな男の子たちだった。長居してもなにも言われず、ケーキも適当に美味しく、適当にオシャレで、なにが一番いいって空気が自由だったことだ。そのカフェの隅に彼女はいた。小さなランプとタロットカードをテーブルの上に置き、いつも静かに本を読んでいた。占って欲しい人は、彼女に挨拶をして見てもらった。わたしも友だちと時々行った。彼女は名前をIsisと言った。
ある日、Isisが言った。「もうすぐあなたは真っ青な空の下に立ちます。標高の少し高い土地で、とても神聖なところです。そう、神聖な青い色があなたを包んでいます。」
ふ〜ん、と思った。わたしは、占い師などによく見てもらうわりには、半分疑うところのあるやっかいな性質なのだ。その時は、まだ自分がニューメキシコに行くとは知らなかった。ニューメキシコには、そのあと急に行くことになったのだ。だから、このときは「なにを言っているだろうな〜」くらいに聞いていた。そして深くは考えていなかった。
ところが遺跡で、Isisの言葉を思い出した。ニューメキシコの空は、雲ひとつなく、どこまでも真っ青だった。わたしは高台に立って、遺跡全体を眺めた。そうか、彼女が言っていた青い空とはこのことだったのか。神聖な場所・・・。あの階段はきっとなにか神事に使われたのだろう、神に届くための階段なのだ、と思った。なぜ、わたしが5000年まえにその階段をいとも簡単に登ったり降りたりすることができたのかは、ずっと後になるまで分らなかったけれど・・。
遺跡を後にして、他の小さな町に行った。そこに、原住民たちが住んでいた。土産物屋に入ろうとして、車を止めて降りた。すると、建物の傍にいた原住民たちがこちらを一斉に見た。わたしが近づくと、ぐるりと取り囲んで言った。「どこの族のものだ?」わたしが「なに?」と聞き返すと「どこから来た?」と言うので「NYから来たわ。」というと、怪訝な顔をして「どこの人間だ?」と聞くから「日本人よ。」と言った。もっと怪訝な顔をしてぐるぐるわたしのまわりを回り、頭から足までじろじろ見て「だから、どこの族だ、と聞いてるんだ。」としつこく問いつめるのだ。「あたしは日本人よ!」と言うと、「何を言っている。そんなはずない。お前は俺たちの一人だ。」とわたしが嘘を言っているとでもいわんばかりの勢いだった。
この人たちには、過去からのわたしのエネルギ−が見えているんだ、と思った。こころの中で「でも、ここにいたのは5000年前なのよ。」と思いながら。彼らは不思議そうにわたしが土産物屋で、数枚の絵はがきとセージの束を買い、車に乗って去るのを見ていた。わたしも妙な気持ちだった。
NYに戻って、イタリアンカフェに行き、この話しをした。青い空の話し。夢の話し。原住民にしつこくされたこと。Isisはわたしに聞いた。
「そこにまた戻って住みたいと思う?自分の戻るべき故郷だって感じる?」
わたしは即答した。
「いいえ、あれは通り過ぎた過去であって、戻るところではないわ。大切なこころの故郷だけど。」
彼女は、すぐに断言したわたしに一瞬驚いたようだったけれど、目を細め、遠くを見るような表情をして言った。
「きっとそうね。」
・・・つづく
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