
掃除しました。カーペットを外に出してドラムスティックで叩き(もともと、カーペットは掃除機で掃除するものではなく、はたいてホコリをとるものです。我が家には掃除機はないので伝統的なやりかたでやっています。)家中を掃き、雑巾がけし、ベランダに山になっていた資源ゴミを出し、庭の雑草を抜きました。スッキリです。
ヨーロッパやアメリカでは大掃除はこの時期にやります。雪が溶け始め、陽が長くなるこの春の始まりに。日本はどうして真冬に大掃除をするのか、よくわかりませんが、昔からそうなのでしょうか。お正月って昔は2月くらいですよね。一番寒いとき。いつから、お正月はお正月になったのか分りませんが、理屈から行くと、掃除は春したほうがお肌にも良いですし、陽も長くて合理的だと思うのですが・・。それは良いとして、これでいろいろ作業にとりかかれます。
机の上には整理されなくてはならない書類や領収書の山です。でも、これからやる気が出てきました。掃除をし、外で土と触れ合って気分が落ち着き、そして元気にもなったからです。大地の力っていうのは偉大なものです。雑草を抜きながら思いました。『あ〜、山羊が大好きな草だ。柔らかくって甘そう・・・』
雑草はとかく軽んじられがちですが、山羊や鶏と育ったわたしには、大切なものです。山羊や鶏が食べるだけではなくって、幼かったわたしが学校から戻ってきてひとりで空に動く雲を見ながらゴロゴロするのにも大切な草・・・。しかも、薬効のあるものも多いものです。タンポポの根は苦みがありますが、その成分が胃腸を整えてくれます。ハーブとして重宝がられているものはみなもともと雑草です。
雑草を敵か親のかたきのようにして嫌がる人がいます。除草剤をまく人もいます。でも、わたしは思い出します。育った小さな町のおばさんのこと。彼女は資生堂の創始者の一族で子供のころから芸術に囲まれて育ち、風流を愛しているひとでしたが、縁あって福岡の小さな町に嫁いできました。(おじさんが画家で、どこかで出会ったのだそうです。)わたしはこの家日当りの良いキッチンで、おばさんお手製の美味しいワッフルをいつもごちそうになっていました。この家の庭には雑草が沢山生えていました。時には、普段は田んぼでしか見かけない蓮花の花も植わっていました。そして、春になるとおばさんは庭に出て「美しいわね〜」と風に揺れる雑草の花々をみてうっとりとするのでした。
いつも音楽が流れていて、絵の具の匂いのする家でした。庭には沢山金魚がいて、いちじくの樹もなぜか沢山ありました。いちじくが大好物のわたしは、暗くなるまで樹の株に座り込んで「あそこにもまだある」とねだったものでした。
雑草が生えていたのは、おばさんは家事があまりできず、単に庭仕事ができなかったというのもあったでしょう。でも、そこには雑然とした秩序と美しさが確かにあったのでした。幼い頃から、美の形はひとつでないこと。完璧とはなにかを疑うこと。世の中で嫌われているものにも見方を変えれば価値のあること。周りの大人たちに教わっていたのかもしれないな、と感謝しながら、そして山羊に食べさせてあげられないのを残念に思いながら、草を抜いたわたしでした。

山羊と鶏が好きだった草。わたしもゴロゴロしてお世話になりました。

タンポポの根が乾燥させて作ったタンポポコーヒーというのもありますが、薬効があります。

うっそうとしてきている庭の隅。ローズマリーも大きくなりました。これから、香しきジャスミンが咲き始めます。春ですね。

部屋、奇麗になってスッキリしました。戻ってきてから毎日庭で朝ご飯を食べ、これからやらなくてはならないことを書いたり日記を書いたりして頭をまとめています。外っていいものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・乙女/おばさん
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