前世とか生まれ変わりとかそう言うことにあまり詳しくない人に、ここでまず言っておかなくてはならないことがある。わたしの知る限り、生まれ変わっても、まったく同じ容姿で生まれてくることはない。人種さえ、ときには性別さえ違うことがある。わたしの記憶の中のわたしは、なぜかいつも女だが、見た目は違う。長い時間の流れの中だから、当然のように国籍は違うし(国自体が、時代によって存在したりしなかったりするのだから。)人種もよく違っていた。だから、「彼」を見ても、すぐには分らなかったし、夫もみかけは違っていたのだ。ただ、わたしはいつもわたしだし、なぜか「彼」は「彼」なのだ。そして、それは直感のようなもので「分る」のだ。
夫にそのヨーロッパ人の男性を見たとたんに理解した。
わたしと「彼」と夫は、前世でも同じ状況にあった。三角関係にあったのだ。
「彼」とわたしは、前世でも愛し合っていた。愛し合っていたけれど、わたしは違う人と結婚した。相手は国王。わたしと王は互いの力を必要としていて結婚した。政略的結婚だった。けれど、愛情面では上手くゆかない結婚で、わたしは、もともと愛していた「彼」に安らぎを求め、関係をもった。それが夫にばれ、逆鱗に触れた。そして追い詰められて登ったのが、あの塔だったのだ。「彼」とわたしは、一緒に死ぬことにしたのだ。それがわたしたちの愛を貫く残されたったひとつの方法で、そこにしか幸せの選択は残されていないと思っていた。実際、ほかに逃げ道はなかった。
大きな木のベッドのある寝室。そこに続く廊下と階段。薄暗い壁。灯された明り。晴れた日に降った雨。「彼」を待ちわびた午後。馬に乗った「彼」そしてわたし。濃い緑と石造りの建物。
いろいろなイメージが走馬灯のように走った。
けれど、さすがに人には言えなかった。だって・・「前世でもね、わたしは今の夫と結婚してて」とか「『彼』と一緒に逃げたんだ・・・」とか「その『彼』と同じような状況で再会しちゃって・・」なんて言って、誰が耳をかすだろう。わたし自身でさえ、ただの自分の妄想かも知れない、とどこかで思っていた。それにしてもリアルに感じるけれど、それを証明するものが自分の記憶と見えるイメージでしかないのだから、どうしようもない。だから、黙っていた。
そんなとき、Margaritaから電話があった。ワシントンDCに住む、いつも、星の動きをみてもらっている占星術家だ。彼女は、少し言いよどんでから、遠慮がちに言った。
あのね・・ちょっと気になることがあって。気に障ったら悪いんだけれど。あなた、前世でもあなたの夫と結婚していて、しかも「彼」とも愛し合っていた。要するに不倫関係のようなものにあって、辛い結末を迎えたんじゃないかしら。
え?
わたしは声を出して驚いた。
いえね、星にそう出てるのよ。しかも、この「彼」、あなたとカルマがとっても強くって、ずっと何度も一緒に生まれ変わっているし、あなたを愛して助けてくれた人。あなたのソウルメイト、と出ているんだけれど。・・・もしかして、あなた、記憶にあるんじゃない?
正真正銘、ぞっとした。
うん・・・確かに記憶にある。でも、どうしてそんなことが分るの?
ようやっとわたしは返事をした。
Margaritaは日本とヨーロッパとアメリカで教育を受け、ハーバード大学の機械工学部の博士課程で学び、医学も修めた人だ。いわゆる、科学的で論理的で、かなり合理的な精神を持った人だ。その彼女が理路整然と、星の並びとわたしたちの関係性を、とても優しい声で説明しはじめた。しかも、わたしの記憶を、星の位置を見ただけで言い当てた。
わたしは受話器をもったまま泣き出した。それまで誰にも言えず、ひとりで抱え込み、ちょっとでも触れられたらはちきれそうになっていたわたしのこころを彼女の声がそっと撫でてくれたのだ。「彼」の夢は、他にも沢山見ていて、きっとこの時代だけでなく、ずっと何度も一緒に生きたな、と勘づいていた。
なにか目に見えない力がわたしに近づいているのを感じた。
しかし、わたしは相変わらず「彼」には連絡をとらず、そのままにしておいた。なんと言ったらよいのか分らなかったし、自分の中で整理がつかなないままだったのだ。とりあえず、平和に過ごすことをそのときは選んだ。ひとりでいることだ。
そうこうするうち、最後の一撃が訪れたのだ。それは、テレビだった。わたしは見たのだ。なんだと思う?そう、アレを見てしまったのだ。しかも、テレビで。
存在するとは思っていなかったアレ。
「階段のない塔」
なんと、ホントにあったのだ。
・・・つづく
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