緒形拳さんの訃報を、午後Yahoo Newsで知りました。
にわかには信じられませんでした。
ちょっと前にNHKの『帽子』という作品を見て、緒方さんの飄々としたなかにも炭火の残り火のような情熱と、底に流れる殺気のようなものが感じられ、すごいな〜、と感動していたところでした。
また、もう少しで始まるという、倉本聰さんの連続ドラマ『風のガーデン』も楽しみにしていたところでした。
まさか・・と思いました。
まだ71才です。
これからもお元気で、ずっと活躍し続けてくれるものと思い込んでいました。
実は、緒方さんにはむかし一度だけお会いしたことがあります。
映画のロケでわたしの故郷に一時期滞在していらしたことがあるのです。
親戚の旅館に泊まってくれていて、ある作家の紹介で食事にお誘いいただいたのです。
幼かったわたしは、緒方さんを少し怖いと感じました。
周りに「ご挨拶なさい」と言われましたが、制服のスカートの裾をモジモジして、まともな言葉が出ませんでした
静かに微笑んでいらっしゃいましたが、その強いオーラと温かい眼差しに大照れしてしまったのです。
今から思うと、とてもセクシーだったのだと思います。
Yahoo Newsには「またひとり、昭和の名優去る」と書かれてありました。
その下に緒方さんの写真があったのですが、緒方さんとは関係ない、と思いました。
思いたかったのです。
検索してみたら、やはり緒方さんのことで、こころが沈んでしまいました。
その後、ジムで汗を流していたら、テレビのあちこちの番組で緒方さんを悼む特集をやっており「やはり、本当に亡くなったのだな」と思いました。(ジムには、これでもか、っていうくらい沢山テレビがある・・・)
なんだか、とても温かく大きな存在が、ふと旅立ってしまったような寂しさがあります。
帰りに自転車を漕ぎながら思い出しました。
そういえば、ひと月以上前の朝日新聞に、『風のガーデン』の放送にちなんだ倉本聰さんのインタビュー記事*が載っていたな、と。
僕らテレビ創世記からの人間は知恵を使った。
今は知識だけで、程度の低いギャハハ番組ばかり。
公共の電波で悪影響を及ぼすのは犯罪。
広く浅く、面先だけを稼ぐ視聴率ではなく、質と深さを測る方法論を考えよと言い続けたが変わらない。
憤りをこめてそう彼は言っていました。
あちこちで理不尽さを感じていたわたしは、あぁ、まともな大人もいるんだな、と安心したのを覚えています。
緒方さんが亡くなって、自分でも驚くほど寂しく感じているのは、緒方さんも、まれに見る本物の大人だと感じていたからだと思います。
犯罪行為に近いギャハハと商売先行なのは、テレビ業界だけではなく、ダンスと音楽の業界も似たようなものです。
いえ、どこの業界もそうかも知れません。
その中で生きていると、憤ることもあれば、時には不安にもなります。
先を歩いてくれる、尊敬と信頼できる人たちがいてくれることは、どれだけこころの支えになってきたことか・・・。
知恵を持った本物の大人たちの死や引退が、この頃こたえています。
倉本さんは緒方さんと同年代。
今度の『風のガーデン』が最後の作品になるかも知れない、とこのインタビューでは語っていました。
緒方さんの死と、倉本さんの覚悟を前にして、あぁ、本当の本当の人生を歩んで行かなくてはならないな、と寂しさを感じると同時に思っています。
緒方さん、お会いできたのは一度きりでした。
しかも、ご挨拶もまともにできない若輩者でした。
けれど、あなたの作品は見せていただいていました。
まっすぐに本気で仕事に向うこと、自分の独自の道を歩むことの素晴らしさを、いつも感じさせていただいていました。
そして、わたしも死ぬまで自分の道を歩み続けられるよう、緒方さんの背中を忘れないようにしたいと思います。
ありがとうございました。
ご冥福をこころよりお祈りいたします。
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朝日新聞 2008年8月30日 朝刊 文化欄
倉本ドラマ 今秋放送『風のガーデン』 『最後』の覚悟 テーマは『最期』 より
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